ツツガムシ、マダニが運ぶ5つの感染症。ツツガムシ病、日本紅斑熱、野兎病、ライム病、SFTSなどがあります。
病原体の種類/5つの感染症概要/ツツガムシ/野兎病(やとびょう)/日本紅斑熱(にほんこうはんねつ)/ライム病/SFTS(重症熱性血小板減少症候群)
病原体の種類として、細菌、ウイルス、真菌(カビなど)、言葉ではよく聞きますが・・・
これらはどこに属する生物なのでしょうか。
ヒトに病害を与える病原体としての生物には様々な種類があります。真菌・細菌は植物に近い植物性寄生体です。
ウイルス・リケッチア・スピロヘーターは植物・動物のいずれとも判別しがたい寄生体です。
「ヒトに病害を与える生物群の大別」(大鶴 1982)を改変しました。
ツツガムシ・マダニが運ぶ感染症は衛生動物分野と微生物分野に属しています
ここで取り上げるのは
衛生動物学分野で取り扱われている
細菌性感染症の
スピロヘーターボレリア属のライム病と
フランシセラ属の野兎病菌の野兎病
リケッチア性感染症の
オリエンチア属ツツガムシ病群のツツガムシ病と
リケッチア属紅斑熱群の日本紅斑熱
ウイルス性感染症のブニヤウイルス科フレボウイルス属の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)です。
ツツガムシ、マダニが運ぶ5つの感染症(媒介動物、病原体、感染様式、保菌動物)
ツツガムシ病
媒介動物:アカツツガムシ(東北地方)、フトゲツツガムシ(全国的)、タテツツガムシ(全国的)
病原体:リケッチア
感染様式:次世代への経卵伝播あり。ヒトからヒトへの感染なし
保菌動物:野生げっ歯類
野兎病
媒介動物:キチマダニ、タネガタマダニ
病原体:細菌
感染様式:ノウサギのハク皮・肉調理等での感染がほとんど。ヒトからヒトへの感染なし
保菌動物:キジ、ヤマドリ、リス、ツキノワグマ、ノウサギ
日本紅斑熱
媒介動物:ヤマトマダニ、フタトゲチマダニ、キチマダニなど
病原体:リケッチア
感染様式:次世代への経卵伝播あり。ヒトからヒトへの感染なし
保菌動物:シカ、野生げっ歯類
ライム病
媒介動物:シュルツェマダニ
病原体:細菌(スピロヘーター)
感染様式:次世代への経卵伝播なし。ヒトからヒトへの感染なし
保菌動物:鳥類、野生げっ歯類
SFTS: Severe fever with thrombocytopenia syndrome
(重症熱性血小板減少症候群)
媒介動物:タカサゴキララマダニ、キチマダニ、フタトゲチマダニ、オウシマダニなど
病原体:ウイルス
感染様式:次世代への経卵伝播あり。ヒトからヒトへの感染あり(中国)
保菌動物:シカ、イノシシ、ヤギ(ウイルス血症の期間が短い)、野生げっ歯類(ウイルス血症の期間が長い)
5つの感染症:ツツガムシ病・野兎病・日本紅斑熱・ライム病・SFTS
ツツガムシ病
ツツガムシ病は江戸時代から新潟・秋田や山形などでは死に至る風土病として恐れられていました。
明治になって、東京医学校(東大の前身)に招聘されたベルツが、1879年(明治12年)河川が洪水になった時に発生・流行するので、「日本洪水熱」として取り上げたのが最初であるとされています。
その後、1899年(明治32年)秋田県雄勝病院の田中敬助医師によってアカツツガムシという微小なダニの幼虫によって感染することが明らかにされました。しかしながら、病原体の発見・確定にはいたらず、その後、原因不明のまま流行が拡大し、多くの人々が犠牲となり、長い苦難の道が続きました。
明治~大正~昭和の時代、新潟県では信濃川・阿賀野川流域、秋田県では雄物川流域、山形県では最上川流域のこれら大きな河川の下流地帯の河川敷で毎年夏、多くの患者の発生が繰り返されました。しかし、日本の医学者たち(林、長与、緒方、川村ら)の努力によって、1930年(昭和5年)にその病原体がウイルスよりは大きく、細菌よりも小さい、全くこれまで知られていなかったリケッチアと言われる新しい病原体であることが明らかにされました。
(注)ツツガムシ病の病原体 Rickettsia tsutsugamushiはこれまで発疹チフス Rickettsia prowazekiiやロッキー山紅斑熱 R.rickettsii と同じリケッチア属に分類されていましたが、最近、オリエンチア属に移されて、Orientia tsutsugamushi に変更されました。
その後、病原体のリケッチアはアカツツガムシ体内で次世代へ経卵伝播されていくという新しい感染様式が明らかにされ、また、迅速な免疫学的診断法や治療法が確立されるに伴い、本症による死亡者は減少していきました。
また、大幅な河川の改修やコンクリート堤防が築かれたり、河川敷は野球場やサッカー場などに整備されると、ツツガムシの生息適地が少なくなり、感染者も減少していきました。
新型ツツガムシ病の登場
第二次戦後の1948年(昭和23年)になって、日本の富士山麓の演習場で米軍兵士およそ30名が発症した熱病はそれまで知られていた新潟や秋田のツツガムシ病(アカツツガムシが媒介する)とは異なる種類のタテツツガムシによって媒介され、春先と秋に発生のピークとなる新型のツツガムシ病であることが明らかにされました。
その後、昭和末期の1985年(昭和60年)頃から平成初期の1990年(平成2年)以降になると、この新型ツツガムシ病が大部分を占めるようになりました。症状については、古典的ツツガムシ病は重篤な症状に発展するケースもありますが、新型ツツガムシ病は軽症で終わることが多い様です。
また、ベクター(媒介者)については、九州地方ではタテツツガムシによる感染が多く、本州ではフトゲツツガムシかタテツツガムシによる感染が多く見られています。また、その感染場所はいずれも草原、畑、灌木地帯であり、河川敷とは無関係です。
野兎病(やとびょう)
野兎病は細菌の1種である野兎病菌 Francisella tularensis の感染によって 引き起こされる突然の高熱・頭痛・悪寒・筋肉痛などを伴う急性熱性疾患です。
日本では第2次世界大戦後、毎年50例以上の患者が発生し、東北地方と千葉などの関東地方の一部が多発地域でしたが、その後減少し今ではほとんど見られなくなりました。
ところが最近、2008年(平成20年)青森、福島、千葉で5例が報告されています。野兎病菌は野山のマダニ類などの吸血性節足動物を介して、主としてノウサギ・げっ歯類などの野生動物の間で維持されています。日本でのヒトへの感染のほとんどはノウサギとの接触によるもので、ノウサギなど保菌動物の剥皮作業や肉の調理の際に、血液や臓器に直接触れることによって感染しています。
なお、野兎病という和名の病名は1926年大原によって命名されたものです。
日本紅斑熱(にほんこうはんねつ)
日本では、古くからの風土病としてツツガムシ病はよく知られていましたが、北米・中南米にみられるロッキー山紅斑熱や地中海沿岸にみられる地中海紅斑熱などの紅斑熱群リケッチア症の存在は知られていませんでした。
ところが、1984年(昭和59年)になって、馬原により、徳島県下において初めて日本紅斑熱として報告され、1986年(昭和61年)病原体 Rickettsia japonica が分離されました。
1990年(平成2年)以降の患者発生者数は年間36~67名程度でしたが、徐々に増加し、2008年(平成20年)以降は毎年100名以上の発生が見られています。また、患者の発生地域は鹿児島、宮崎、高知、徳島など関東以西の比較的温暖な太平洋沿いの地域で多く報告されていましたが、最近では島根、広島、静岡などでも発生がみられるようになりました。
ライム病
ライム病は1975年に北米コネチカット州ライム地方において、夏に子供たちに遊走性紅斑(ゆうそうせいこうはん)を伴った関節炎が集団発生したのが最初でした。現在、米国では最も多く報告されているマダニ媒介性疾患の1つです。また、スウェーデンなどの北ヨーロッパでも発生が見られ、併せると欧米では年間、数万人の患者が発生しているのではないかと思われます。また、ロシアでも感染者は多く発生している様です。
日本では、1986年(昭和61年)長野県下で初めての患者が報告され(馬場ら、1987)、現在までに数百名の患者が発生していますが、その多くは北海道や本州中部以北です。なお、本病による症状は、欧米では関節炎、脳神経障害、心筋炎、慢性関節炎などの重症例にまで発展することが多いのですが、日本では、遊走性紅斑、感冒様症状(かんぼうようしょうじょう)などの軽症で終わる様です。
ライム病の病原体はスピロヘーターボレリア属の Borrelia garinii や Borrelia afzelii でベクター(媒介者)であるシュルツエマダニというマダニ類を介して感染します。
SFTS: Severe fever with thrombocytopenia syndrome
(重症熱性血小板減少症候群)
ごく最近、2013年(平成25年)に日本の山口県下で初めて見出されたマダニ媒介性のウイルス感染症です。いわゆる新興感染症の1つで、症状は発熱と吐き気・嘔吐・下痢などの消化器症状と血小板減少や白血球減少などの特徴がみられます。この感染症はすでに、2011年(平成23年)中国において初めて確認されたフレボウイルス属に分類される新しいウイルスによるマダニ媒介性感染症として報告されています。
しかし、日本の感染者のSFTSウイルスはその遺伝子型の解析から、中国由来のものでなく、以前からこのウイルスは日本国内に存在しており、患者も海外渡航の経験もないことから、国内でSFTSウイルスに感染したのではないかと考えらています。
これまでの患者発生者数は2013年(平成25年)41名、2014年(平成26年)61名、2015年(平成27年)60名、2016年(平成28年)54名の併せて218名となりました。また、患者の発生地域は宮崎、鹿児島、広島、徳島、高知などの西日本に多い傾向が見られています。ところが、この患者の死亡者数は53名(死亡率24.3%)とかなり高率で、今後、マダニ媒介性感染症の1つとして十分な注意を払っていく必要があるのではないかと思われます
野外で注意したいツツガムシとマダニ 目次
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