野外で注意したいツツガムシ。ツツガムシが運ぶ病気とツツガムシの生活
ツツガムシは昆虫なのか/ツツガムシは肉眼で見えるのか/ツツガムシは幼虫だけが吸血します/ツツガムシの種類/ツツガムシの生活/ツツガムシ病について/ツツガムシの歴史/新型ツツガムシの登場
まず最初に・・・ツツガムシは昆虫ではありません
昆虫のおおまかな定義
昆虫:頭部、胸部、腹部の3つから成る。脚の数は6本。脚は頭胸部から派生。翅があります。
クモ:頭胸部、腹部の2つから成る。脚の数は8本。胸部から派生。
ツツガムシ、ダニ、マダニ:頭・胸・腹の区別はなく、これらが融合して胴体部となっている。胴体部の先には口器があり(頭部と間違われることが多い)、顎体(がくたい)部という。脚の数は幼虫6本、若虫8本、成虫8本。胴体部から派生。
ノミやシラミは昆虫類の仲間です
ノミ(発疹熱を媒介)・シラミ(発疹チフスを媒介)は戦争や飢饉などが起こって、衛生環境が悪化すると発生し、過去に多くの犠牲者が出ました。ノミ・シラミ共に翅が退化してありませんので、ダニ類と間違われやすいですが、頭・胴・腹の各部に分かれており、正真正銘の昆虫類の仲間です。
分類上の位置
昆虫:節足動物門(せっそくどうぶつもん)/昆虫綱(こんちゅうこう)/鱗翅目(りんしもく)
クモ:節足動物門(せっそくどうぶつもん)/クモ綱(くもこう)/クモ目(くももく)
ツツガムシ・ダニ・マダニ:
節足動物門(せっそくどうぶつもん)/クモ綱(くもこう)/ダニ目(だにもく)
ツツガムシは肉眼で見分けるのは難しい
ツツガムシ、マダニは森林、草地、畑などの屋外に生息していますが、大きさが異なります。
マダニは比較的大型で、吸血前の成虫で1mm~5mm(幼虫は0.7mmくらい)。
ツツガムシは1mm以下の大きさです。ツツガムシはマダニの幼虫ではありません。
ダニは主に屋内で見られ0.3mm~1.0mmくらいです。
イエダニ(ネズミに寄生)・トリサシダニ(鳥に寄生)は動物に寄生して、動物とともに、偶然、屋内に侵入してヒトに吸血被害を与えるので迷入種と呼ばれているダニ類です。目に見えないほど小さくなかなか気づきません。
ツツガムシは幼虫のみが吸血します
ツツガムシは幼虫のみが吸血し、若虫と成虫は自由生活性です。
マダニは幼虫、若虫、成虫のいずれも寄生吸血性です。
ツツガムシにはどのような種類があるのでしょうか
アカツツガムシ (Leptotrombidium akamushi)
新潟、秋田、山形に限局して見られる。
河川敷に生息。
古典型ツツガムシ病(夏に発生)を媒介。
フトゲツツガムシ (L. pallidum)
全国的にみられる。特に、東北・北陸・山陰地方に多い。
山間部に生息。
新型ツツガムシ病(春と秋に発生)を媒介。
タテツツガムシ (L. scutellare)
太平洋側の温暖な地域に生息。房総・東海・九州に多い。
山間部に生息。
新型ツツガムシ病(春と秋に発生)を媒介。
(写真:左からアカツツガムシ幼虫、アカツツガムシ成虫、フトゲツツガムシ幼虫)
病原体を持ったツツガムシはどのような生活をしているのでしょうか
病原体を持った卵からふ化したツツガムシの幼虫 (注1)。
この有毒ツツガムシは卵を介して病原体が代々受け継がれます。
これを経卵伝播(けいらんでんぱ)といいます。
(注1) 卵を介して病原体が(雌から雌へと)代々受け継がれます。
吸血するのは幼虫だけ
幼虫はネズミなどに吸着し、満腹になると地上に落ちて、土の中にもぐります。
吸着されたネズミ体内では時間が経つと病原体は消え去ります
幼虫は土の中で休眠し、若虫に変化します。若虫は土壌中のトビムシの卵や微小な虫を食べます。
若虫は休眠→脱皮を繰り返して成虫になります
ヒトがツツガムシ病に感染するとき
ヒトがツツガムシ病に感染するのは、まれにネズミを吸着できなかった有毒ツツガムシの幼虫がヒトに吸着した時です。ネズミはツツガムシの成長には必要な生き物ですが、これまで考えられていたネズミが病原体を増やしたり、感染させる役割はないのではないかと考えられるようになりました。
ツツガムシ病に感染するとどのような症状がでるの?
39℃以上の高熱、頭痛、発疹、リンパ節腫脹
刺し口(赤く腫れたり、痂皮(かひ)形成)あり。
ツツガムシ、マダニが運ぶ5つの感染症についてはこちら
では、ツツガムシ病にはどのような歴史があるのでしょうか
死に至る風土病として恐れられていた時代もありました。
ツツガムシ病は江戸時代から新潟・秋田や山形などでは死に至る風土病として恐れられていました。明治になって、東京医学校(東大の前身)に招聘されたベルツが、1879年(明治12年)河川が洪水になった時に発生・流行するので、『日本洪水熱』として取り上げたのが最初であるとされています。
その後、1899年(明治32年)秋田県雄勝病院の田中敬助医師によってアカツツガムシという微小なダニの幼虫によって感染することが明らかにされました。しかしながら、病原体の発見・確定にはいたらず、その後、原因不明のまま流行が拡大し、多くの人々が犠牲となり、長い苦難の道が続きました。
明治~大正~昭和の時代、新潟県では信濃川・阿賀野川流域、秋田県では雄物川流域、山形県では最上川流域のこれら大きな河川の下流地帯の河川敷で毎年夏、多くの患者の発生が繰り返されました。しかし、日本の医学者たち(林、長与、緒方、川村ら)の努力によって、1930年(昭和5年)にその病原体がウイルスよりは大きく、細菌よりも小さい、全くこれまで知られていなかったリケッチアと言われる新しい病原体である(*)ことが明らかにされました。
その後、病原体のリケッチアはアカツツガムシ体内で次世代へ経卵伝播(けいらんでんぱ)されていくという新しい感染様式が明らかにされ、また、迅速な免疫学的診断法や治療法が確立されるに伴い、本症による死亡者は減少していきました。
また、大幅な河川の改修やコンクリート堤防が築かれたり、河川敷は野球場やサッカー場などに整備されると、アカツツガムシの生息適地が少なくなり感染者も減少していきました。
* リケッチア、ウイルス、細菌についてはこちらに詳しく記載します。
新型ツツガムシ病の登場
第二次戦後の1948年(昭和23年)になって、日本の富士山麓の演習場で米軍兵士およそ30名が発症した熱病はそれまで知られていた新潟や秋田のツツガムシ病(アカツツガムシが媒介する)とは異なる種類のタテツツガムシによって媒介され、春先と秋に発生のピークとなる新型のツツガムシ病であることが明らかにされました。
その後、昭和末期の1985年(昭和60年)頃から平成初期の1990年(平成2年)以降になると、この新型ツツガムシ病が大部分を占めるようになった。症状については、古典的ツツガムシ病は重篤な症状に発展するケースもありますが、新型ツツガムシ病は軽症で終わることが多い様です。
また、ベクター(媒介者)については、九州地方ではタテツツガムシによる感染が多く、本州ではフトゲツツガムシかタテツツガムシによる感染が多く見られています。また、その感染場所はいずれも草原、畑、灌木地帯であり、河川敷とは無関係です。
ツツガムシ、マダニが運ぶ5つの感染症についてはこちら
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